実験的にあれこれ


by para_noid
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神様と箪笥

小学生の頃、婆さんが死んだ辺りで、まず初めて死ぬと言う事を子供なりに考えた。

「死んだ後の風景はどんなのだろう?」から始まり、死んだら風景って透明に見えるのかな?」と謎な事を考え、「いや、違う。白でも黒でも透明でもない。」「それを認識する自分が居なくなっちゃうんだ。本当に何もないんだ。」と行き着いた瞬間、余りの虚無っぷりに混乱し寝込んだ記憶がある。「お婆ちゃんが可哀想!」なんて殊勝さは何処にもない、ただ単に「怖え、死ぬのマジで怖ぇ!」であり、笑い話じゃないが死ぬほど怖かった。




別にこの話で何が言いたい訳じゃない。戯れ言だから。

で、熱だして、寝込んで、布団かぶってガタガタ震えた挙げ句、「死ねば無」と言う事を受け入れた。「どうしようもねぇ、死ぬときは死ぬんだ。」である。そんなこんなで、変な死生観を中途半端に得てこっち、死ぬのは怖いけれど、それほど怖くなくなった。何しろ、無が相手じゃ勝ち目がねぇ。勝ち目がねぇ相手に喧嘩売ったって怪我するだけだ。ようは諦めた。考えたところで仕方がない。

この後、延々と「恐怖克服のための素敵システム、神様と宗教万歳!俺は信じないけど♪」って話と、「そんな素敵な宗教を金儲けシステムにしちゃ駄目の駄目駄目!」って話と、「まぁ宗教のせいで人がバンバン死ぬのは今も昔も。」みたいな話を何十行か書いたけど、死や宗教より現世のナニでアレが怖いので全部消す♪『死んだ爺さんが「宗教と政治の話は人にするな」と言ってたな。』と思い出すと、けらけら笑える。至極ごもっとも。

まぁ自分にとっての宗教は、ルーツに対する尊敬の念と感謝。それを継続させるための器って感じで。自然崇拝とかそいう方がまぁ、実際受け入れやすいのは確かかも。権威も何もなく、自然に頭を垂れる感じの対象。

まぁ戯れ言。更新多くて嬉しいって旧来の知人の人が言ってたから、何か嬉しくなって昔っぽい戯れ言。「戯れ言である限りは何の問題も無し」って「生か死か」って格闘ゲームに出てた天狗も言ってた、間違いない。

追記
自分にとって最大級の恐怖の対象で、畏敬の念すら感じる無の世界に自分から飛び込もうって程追いつめられた人は、どれ程辛かったのかとか考えるとやりきれない事もしばし。自分勝手に他人を其処に放り込む昨今の犯罪者は、逆に最後の最後まで延命に次ぐ延命を施し生きていて欲しいと思う。
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by para_noid | 2005-02-26 03:26 | 戯れ言