実験的にあれこれ


by para_noid
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行く川の流れは絶え果てて

澱みきった川原。即ち、ドブ川の様な澄んだ瞳の持ち主であり、胃の腑よりは腐臭。息を吐けば、おそらくフシューと鳴るんでしょうよ!ってな感じで、絶賛この世の幸せを祈っている最中だけど、皆様は元気かにゃ(冷静なテンションで)。

さておき、昨晩は増水した小川を眺めようと橋までお散歩。あわよくば我が身もろとも流されんとする邪心を、近代建築の勇『コンクリ』と『鉄柵』に阻まれつつ、完全なる安全圏から轟々と流れる水音のみを聞いて楽しむの事。灯りは街灯一本のみ、水面までは2メートル。天に向かってコの字に開いたコンクリ筒をちょろちょろと流れるだけだった川の子も、今や底面一杯に水を流す剛の川へと成長です。チラチラと街灯を反射する広い水面に、力こそパワーという強気なメッセージ性など感じつつ、沸き立つ心は『抱かれたい』一色に!おういえす。そいつあぁ入水だ、気をつけよう。



って感じで、馬鹿話しかしていませんが、梅雨時だけに『五月雨も集めて早しだわなぁ』何ぞと、ちょほいと典雅な風情など気取ってみたの事。陰暦で季節を捉えてみると、鬱陶しい季節にも彩が増し、楽しいことも暫しなのです。そして、四季を昔の表現で捉えてみるのも、また楽しなのですよ。

という話も前に読んだ本の受け売りだったりするのだけれど、ただ、今いる季節を『梅雨で鬱陶しい』と思うよりは、『卯の花腐し』だの『梅霖』だのと、気取って梅雨を無理やり楽しんでみるも興きがあって良いものです。

しかしまぁ、調べてみれば……雨に纏わる日本語の表現の多彩さには驚かされます。日本語って本当に綺麗だわね。

でも、本当に日本語と言うのは綺麗な言葉が沢山あるものだのに、『使わず忘れていくのも、至極勿体無い事だ』と思うのですよ。自分も普段は汚い喋り方しかしていないのだけれど、時々思い出しては古臭い言葉も覚え、思い出しつつ、生活に取り込んでいけたら良いのにな。

言葉は時代と共に移り変わっていくものだけれど、数多ある綺麗な言葉を捨てるほど興の無い世の中など、腐れて死ねばいいと思う程。ま、自分に対する戒め含めて、くたくたに腐せば良いのだわよ。って、相変わらず錯綜して、着地点が見えない文章だ。これで日本語が綺麗だなどとは片腹痛いやね。日本語をちゃんと勉強しよう。

追記:昨晩はコメントありがとう御座いました。諸般のナニでアレで、レスを控える方向になってしまいそうですが、それでもコメント欄あけることに需要ありでしょうか(苦笑)。
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by para_noid | 2009-06-18 00:09 | 戯れ言